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  • ltnishinomiya

1月2日(主の顕現・新年主日)の説教

更新日:2022年1月8日




主日の祈り

父なる神様。星の導きによって、あなたは御子を世界の国々に顕してくださいました。私たちが日々の暮らしのただ中であなたに気づき、ついには全き栄光の輝きに与かることができるよう、信仰により導いてください。あなたと聖霊とともにただ独りの神、永遠の支配者、御子、主イエス・キリストによって祈ります。アーメン


讃 美 唱 詩編 72編1節‐7節、10節‐14節 (旧) 906頁

72:1【ソロモンの詩。】神よ、あなたによる裁きを、王に/あなたによる恵みの御業を、王の子に/お授けください。

2王が正しくあなたの民の訴えを取り上げ/あなたの貧しい人々を裁きますように。

3山々が民に平和をもたらし/丘が恵みをもたらしますように。

4王が民を、この貧しい人々を治め/乏しい人の子らを救い/虐げる者を砕きますように。


5王が太陽と共に永らえ/月のある限り、代々に永らえますように。

6王が牧場に降る雨となり/地を潤す豊かな雨となりますように。

7生涯、神に従う者として栄え/月の失われるときまでも/豊かな平和に恵まれますように。


10タルシシュや島々の王が献げ物を/シェバやセバの王が貢ぎ物を納めますように。

11すべての王が彼の前にひれ伏し/すべての国が彼に仕えますように。

12王が助けを求めて叫ぶ乏しい人を/助けるものもない貧しい人を救いますように。

13弱い人、乏しい人を憐れみ/乏しい人の命を救い

14不法に虐げる者から彼らの命を贖いますように。王の目に彼らの血が貴いものとされますように。


聖書日課

第一日課 イザヤ書 60章1節‐6節 (旧)1159頁

栄光と救いの到来

60:1起きよ、光を放て。あなたを照らす光は昇り/主の栄光はあなたの上に輝く。

2見よ、闇は地を覆い/暗黒が国々を包んでいる。しかし、あなたの上には主が輝き出で/主の栄光があなたの上に現れる。

3国々はあなたを照らす光に向かい/王たちは射し出でるその輝きに向かって歩む。

4目を上げて、見渡すがよい。みな集い、あなたのもとに来る。息子たちは遠くから/娘たちは抱かれて、進んで来る。

5そのとき、あなたは畏れつつも喜びに輝き/おののきつつも心は晴れやかになる。海からの宝があなたに送られ/国々の富はあなたのもとに集まる。

6らくだの大群/ミディアンとエファの若いらくだが/あなたのもとに押し寄せる。シェバの人々は皆、黄金と乳香を携えて来る。こうして、主の栄誉が宣べ伝えられる。


第二日課 エフェソの信徒への手紙 3章1節‐12節 (新)354頁

異邦人のためのパウロの働き

3:1こういうわけで、あなたがた異邦人のためにキリスト・イエスの囚人となっているわたしパウロは……。2あなたがたのために神がわたしに恵みをお与えになった次第について、あなたがたは聞いたにちがいありません。3初めに手短に書いたように、秘められた計画が啓示によってわたしに知らされました。4あなたがたは、それを読めば、キリストによって実現されるこの計画を、わたしがどのように理解しているかが分かると思います。5この計画は、キリスト以前の時代には人の子らに知らされていませんでしたが、今や“霊”によって、キリストの聖なる使徒たちや預言者たちに啓示されました。6すなわち、異邦人が福音によってキリスト・イエスにおいて、約束されたものをわたしたちと一緒に受け継ぐ者、同じ体に属する者、同じ約束にあずかる者となるということです。7神は、その力を働かせてわたしに恵みを賜り、この福音に仕える者としてくださいました。8この恵みは、聖なる者たちすべての中で最もつまらない者であるわたしに与えられました。わたしは、この恵みにより、キリストの計り知れない富について、異邦人に福音を告げ知らせており、9すべてのものをお造りになった神の内に世の初めから隠されていた秘められた計画が、どのように実現されるのかを、すべての人々に説き明かしています。10こうして、いろいろの働きをする神の知恵は、今や教会によって、天上の支配や権威に知らされるようになったのですが、11これは、神がわたしたちの主キリスト・イエスによって実現された永遠の計画に沿うものです。12わたしたちは主キリストに結ばれており、キリストに対する信仰により、確信をもって、大胆に神に近づくことができます。


福 音 書 マタイによる福音書 2章1節‐12節 (新)2頁

占星術の学者たちが訪れる

2:1イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、2言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」3これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。4王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。5彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。

6『ユダの地、ベツレヘムよ、/お前はユダの指導者たちの中で/決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、/わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」

7そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。8そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。9彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。10学者たちはその星を見て喜びにあふれた。11家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。12ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。


【説教】「メシアがすべての人に」


私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。


新しい年が始まりました。教会のカレンダーである教会暦は既に新しい年を迎えておりますが、やはり心情としてカレンダーが新しくなると溌溂とした気分になります。さて、新しく迎えた年の始めに与えられた御ことばはいわゆる東方の博士と幼子イエスとの出会いの出来事からです。これを私たちは顕現と特別に題して守っています。


そもそも旧約聖書におけるメシア預言の対象は、ユダヤ人だけに限られていると理解されていました。アブラハム、イサク、ヤコブの神であるヤハウェがご自分が見出し、選んだ民であるユダヤ人たちに与えた希望のメッセージであり、このメシアの登場をイエスの時代ユダヤ人たちは強く待望していました。

なぜならば、彼らが置かれていた状況は神の約束によって与えられていた土地イスラエルが他国の者、すなわち異邦人によって支配されていた現状が受け入れ難かったからです。


異邦人とは、律法に照らし合わせるならば罪人です。その罪人が、自分たちに与えられた神の約束の地を治め、大きい顔をしている。そして、税を搾り取り、搾取されている。とは言え、この強大な力を持つ権力に立ち向かう力も自分たちには無いことを重々承知していましたから、抗いきれない悔しさ、惨めさも負わなければならない状況に置かれていたのです。


しかしながら、今日救い主であるイエスとの出会いを与えられたのは、異邦人である東方の博士たちでした。彼らは、星を見ながら、導かれ、幼子と出会い、大切な宝を献上したのです。このことを通して示されることは、私たちの真の王はイエスであるということ、そしてこの方を通して成し遂げられる救いは、ユダヤ人だけでなく異邦人を含めたすべての人の上にもたらされるという神の御心を示す出来事として与えられています。


しかし、この東方の博士たちははじめヘロデのところに行きます。それは云わばこの世の王でした。しかしながら、この王が真の王ではありませんでした。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」はそこに居なかったからです。エルサレムに着くまでは、星の導きに従って旅をしてきたのに唐突に彼らはこの世の王のところに赴きます。


これは私たちの歩みにおいても起こる出来事ではないでしょうか。なぜならば、神の導きを信じ歩みつつも、やはりこの世的な事柄に引っ張られて間違いを犯してしまうからです。例えば路上で生活をしている人々、子どもを保育園に預けられずに困っている人、自分の住む土地に他国の軍隊の基地がある人々など多くの苦しみや悩みの中にある人々の存在を知っていて、神の御心が何であるか聴くとき、そのような方々と寄り添うことが御心であると分かりながら出来ずに、目を背けてしまうことがあります。


そこへと導き、召しを与えられながらも私たちは現実を見て、躊躇し、その道とは違う道へと歩みを進めようとすることは誰もが経験することです。古の預言者も、神の行けと言う所ではないところに行こうとしました。また、ほかの預言者は自分がまだ若いと言い訳をしてしまいます。

私たちは、自分の置かれている現実とつい照らし合わせて神の導きとは違う現実の中で生きてしまう、歩んでしまうのです。


そのような間違いを犯してしまう私たちです。しかしながら、そのような私たちを神は捨て、裁きと滅び、死へと導くのかというならばそうではありません。東方の博士たちは、ヘロデのところから再び旅立つとき、星がまた彼らを導き出しました。そして、彼らはとうとう救い主イエスと見えたのです。

神は私たちが間違いを犯し、罪人となってしまうことをよくご存じです。神の御心、導きを信じ切れずに歩むことができないこともご存じです。


しかしそれでお前は弱いと言って切り捨てるのではなく、それでも神の導きはいつもあって、神の御子、救い主イエスとの出会いへと導き、喜びに溢れさせてくださるのです。そして、この喜びはユダヤ人だけでなく、異邦人も含めてすべての人にもたらされている福音です。御子イエス・キリストとの出会いは閉ざされた、ある特定の人々だけでなく誰にでも与えられている神の恵みであり、神の御心なのです。


この博士たちの体験は翻って私たち一人ひとりにも言えることです。私たちもまた罪人であり、間違った道を歩んでしまう者です。しかしながら、神の私たちを救い出したいという熱意により、神によって導かれ、御子イエスとの出会いが与えられ、希望と喜びを与えられました。この方を信じる信仰によってこそいのちは活き活きと輝きだし、希望をもって歩むことができるという計り知れない富を得させていただきました。


いま、この世は様々な不安が蔓延しています。新型コロナウイルスはCOVID-19と名付けられているように、2019年から猛威をふるい続けてもう2年になります。このウイルスによって信仰生活が危ぶまれました。普段の生活も危ぶまれ、命が蝕まれたような思いに至り、大きな影を人々の心身に落としています。

また、政治も内外問わず不安定です。人々が本当に安心して生きていけるような世界とは到底言えません。国内においても、不正があり、捨てられているように思える人々が居り、他国の影響を多大に受けて自立した国とは言えない状況が続いています。数え上げればキリがありません。


それは、日本にいる私たちだけでなく世界中で言えることです。誰も真の平和、平安、喜びを感じ取れずにいます。そのような中で今日の福音が示す御心は、人々に勇気を与え、力づけ、希望と平安を与えるのではないでしょうか。あなたの苦しみや悩みを知っている方が居られる。そして、そこから救い出そうと御手を伸ばし、導いて、救い主の許へと導いてくださる方が在るという福音がその源です。


本日与えられている讃美唱の詩編72編には「4王が民を、この貧しい人々を治め/乏しい人の子らを救い/虐げる者を砕きますように。」という祈願が歌われています。イエスはここに語られている王であり、この王が「貧しい人々」である私たちを治めてくださり、「乏しい人の子ら」である私たちを救い出し、「虐げる者」すなわち、罪や死、悲しみ、悩み、憂いを砕いてくださるのです。


パウロが「7神は、その力を働かせてわたしに恵みを賜り、この福音に仕える者としてくださいました。8この恵みは、聖なる者たちすべての中で最もつまらない者であるわたしに与えられました。」と語るように、自分自身を「貧しく」「乏しく」「最もつまらない者」として謙りながら、神の御力によって救い主イエスとの出会いがすべての人々に与えられているという福音を宣べ伝える者として私たちは立てられています。


新しい年にあって、さまざまに憂いや悩み、心配があることでしょう。しかしながら、神は私たちを導いてくださっています。そして、常に御子イエスとの出会いを与え、力づけ、希望に溢れさせてくださっています。この福音に与かっている恵みを覚えながら、同時にこの恵みに力づけられた者として、謙り、喜んで神に仕え、福音宣教のために共に働いてまいりましょう。すべての人々に神の福音を届けてまいりましょう。


人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。

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