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2月14日(主の変容)の式文と説教

  • ltnishinomiya
  • 2021年2月13日
  • 読了時間: 8分

 主の御名を讃美いたします。


 この日の礼拝も引き続き礼拝の公開を自粛して行います。

 梅の花の便りがあちこちから聞こえてきました。季節は着実に進んでいます。梅の花が散る前に須磨離宮の梅を見に行きたいなと思っています。

 コロナ禍の中ではありますが、こうした季節の移ろいを楽しみ、鬱屈した気持ちを神様の創造してくださった世界を通して明るく、楽しんでいければと願うばかりです。

 教会暦も「主の変容主日」で顕現節を終えて、新しい教会暦に移っていきます。17日(水)には灰の水曜日を迎え、イエス様の十字架への道程を覚える「四旬節」になります。

この期間は、イースターまでの間、神様への悔い改めとイエス様の十字架の死を通して与えられる救いの信仰への思いを向けていく期間です。

 私個人といたしましても、時には一日一食にしたり、祈りの時間を決まった時間に一日7回持つ(もちろん普段でも祈りは大切です)、断酒、断肉など、普段では取り組むのに難しいことを設定してイエス様の十字架の痛みを覚えて、心静かに過ごしています。友人の中には自分の好きなものを断って過ごすという人も居ます。

 皆さんも何か一つイエス様の十字架への備えの時を送るにあたって取り組んでみてはいかがでしょうか。



「キリストの変容」 ラファエル作/1519年-1520年/油絵/ヴァチカン美術館蔵

明日の礼拝も引き続き自粛期間中となりますので礼拝堂に集うことは適いませんが、オンラインでの中継を行っています。

以下の「日本福音ルーテル西宮教会 - YouTube」という文字を10時20分頃にクリックしていただければご覧になれます。

それぞれ置かれた所で神様の御ことばの恵みに与かってまいりましょう。




礼拝式文 主の変容主日



1. 前奏 (神様への思いを向ける準備をいたしましょう)


2. 祝福の挨拶

司式)父と子と聖霊のみ名によって  会衆)アーメン


3. キリエ 

司式)主よ、憐れんでください。      会衆)主よ、憐れんでください。

司式)キリストよ、憐れんでください。  会衆)キリストよ、憐れんでください。

司式)主よ、憐れんでください。      会衆)主よ、憐れんでください。


4. 主日の祈り

全員)全能の神様。山の頂きに輝くあなたの真理の光は、私たちの心に差し込みます。愛する御子によって私たちを造り変え、あなたの似姿で世界を照らしてください。あなたと聖霊とともにただ独りの神、永遠の支配者、御子、主イエス・キリストによって祈ります。アーメン


5. 聖書朗読

福音書 マルコによる福音書 9章2節‐9節 (新)78頁

イエスの姿が変わる

9:2六日の後、イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、3服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。4エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた。5ペトロが口をはさんでイエスに言った。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」6ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである。7すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」8弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた。

9一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」と弟子たちに命じられた。



6. 讃美歌 164番



7.説教 「神の僕」


私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。


今日は主の変容主日という特別な主日を御ことばを通して聴いています。「変容」とあるようにキリストの御姿が輝くという不思議な出来事です。そして、今日をもって主の顕現を覚える顕現節を終えていき、今週の水曜日に灰の水曜日を迎えて四旬節へと教会暦は移っていきます。この節目の時にあって神が私たちに語りたもう御心は何かご一緒に聴いてまいりたいと思います。


さて、今日の御ことばの冒頭には「六日の後」という舞台設定がされています。この出来事の前にあった事柄は、ペトロがイエスをメシアだと述べた場面です。その後に起こったのが今日の変容の出来事でした。それは言うなれば、メシアという方がどのような方であるかをお示しになる出来事としてこの事が起こったといってよいでしょう。


イエスは、モーセとエリヤと語り合っていたとあります。この三人の語り合いに現わされている真実は、イエスは神であり、律法と預言の完成者であり、私たちの王であるということです。そして、このイエスが王であられるということを通して、モーセのような預言者の到来と世の終わりに起こる救いの先駆けとして生きたまま上げられたエリヤが再び来るという聖書の御ことばに即していることから考えるならば、イエスが救いをもたらす方であることをも現わしています。顕現節の終わり、そして四旬節への備えの時として示され、現わされていることは、イエスは救い主であるという神の御心です。


イエスの働きの意味を顕された時、神は弟子たちを雲で覆い「これはわたしの愛する子。これに聞け。」という言葉を語り掛けます。この言葉に似た言葉がイエスの洗礼の時にも記されています。洗礼の時の言葉は、イエスに向けられていた言葉でした。しかしながら、この変容の出来事に当たっては、同じ「私の愛する子」という言葉が弟子たちにも向けられています。


「これに聞け」ということは、イエスの語られる御ことば、すなわち福音に耳を傾けるということです。そして、福音は、十字架を常に指し示します。神の栄光を見る光栄を私たちは今日の出来事を通して与えられていますが、その内実はキリストの十字架にあるのです。


光を私たちは求めます。光は私たちを照らし出し、平安、癒し、励まし、力づけを与えます。にもかかわらず、神が語り掛けたもう「これに聞け」は十字架の死を指し示すということは何か。それは十字架が何ゆえに立てられねばならないのかということを私たちに問いかけます。なぜ愛する子の死をもって救いが成就するのか。力強さや、権威の啓示によるのではなく、死をもって示すのか。


それは私たちにとっては受け入れがたい出来事です。しかし、「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」(ヨハネ12:24)と語られているように、十字架の死こそが私たちの救いにおいてなくてはならない出来事であることを覚えていきたいと思うのです。


私たちはこの世の全てを理解することはできません。神が創造されたこの世界の真理についても、神の御心についても、「これに聞け」と命じられてなお、その真理の深さと豊かさをすべて知ることができない存在です。今日のペトロの戸惑いの姿は、そういう神の栄光、救いに与った者の戸惑いの姿でもあります。


しかしながら、それでもなお、イエスの十字架の死と復活こそが私たちの救いにおいて不可欠であることを信じることはできます。愛する子を死に渡すことがなぜ救いなのか、なぜ栄光なのか分からなくとも、この出来事が真に私を生かし、平安へと導き、励まし、力づける基であることを信じる信仰の恵みを受け取り、従うことはできます。


小難しい神学的な事柄を抜きにして、私たちはそういう決断へと導く言葉を聞く者です。なぜならば「これはわたしの愛する子。これに聞け。」と命じられているからです。

何が真理かすべてを知りえない、愚かな者であることを十分に承知しながら、このご命令に従うことはできます。そうであるならば先に申し上げたように、私たちに語り掛けたもうイエスの言葉に耳を傾け、この言葉に従い、生き、ある意味で御ことばに示された意味は何かいつも悩みながら歩んでいきたいと思うのです。


多くの不安がはびこり、何が義しいのか迷いそうになり、戸惑う私たちではありますし、世の中も混とんとしていますが、それでもこの方の言葉こそが私たちを真へと導き、救いへと至らせる方であることを信じてまいりましょう。共に福音に示されている御心は何か悩んでまいりましょう。


水曜日に灰の水曜日を迎えます。イエスの十字架への歩みを覚える時を迎えます。その備えとして、この顕現節の最期の時にあって、改めてイエスこそが王であることが顕されました。そして。この方の語られる御ことばに聞き従うことの恵みを示されています。私たちの信仰生活において最も大切なことが何か、それは御ことばを、福音を聴くことから始まるということを覚えて、十字架を見つめながら歩んでまいりましょう。


人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。



8. 信仰告白 (起立)

司式)使徒信条によって、信仰の告白を共にしましょう。

全員)天地の造り主、全能の父である神を私は信じます。

そのひとり子、私たちの主イエス・キリストを、私は信じます。主は聖霊によってやどり、おとめマリヤから生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、陰府に下り、三日目に死人のうちから復活し、天に上られました。そして全能の父である神の右に座し、そこから来て、生きている人と死んだ人とをさばかれます。

聖霊を私は信じます。また聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、からだの復活、永遠のいのちを信じます。(アーメン)


9. 献金


10. 教会の祈り


11. 主の祈り (起立)

司式)祈りましょう

全員)天の父よ。

み名があがめられますように。

み国が来ますように。

み心が天で行なわれるように、地上でも行なわれますように。

私たちに今日もこの日の糧をお与えください。

私たちに罪を犯した者を赦しましたから、

私たちの犯した罪をお赦しください。

私たちを誘惑から導き出して、悪からお救いください。

(み国も力も栄光もとこしえにあなたのものだからです。)

(アーメン)


12. 祝福 (起立)

司式)主があなたを祝福し、あなたを守られます。

主がみ顔をもってあなたを照らし、あなたに恵みを与えられます。

主がみ顔をあなたに向け、あなたに平安を賜わります。

父と子と聖霊のみ名によって。

会衆)アーメン。アーメン。アーメン。


6. 後奏


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