主日礼拝は5日10時30分から行います。
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聖霊降臨後第6主日
2020年7月12日(日)
1. 前奏 (神様への思いを向ける準備をいたしましょう) 2. 祝福の挨拶 司式)父と子と聖霊のみ名によって 会衆)アーメン 3. キリエ 司式)主よ、憐れんでください。 会衆)主よ、憐れんでください。 司式)キリストよ、憐れんでください。 会衆)キリストよ、憐れんでください。 司式)主よ、憐れんでください。 会衆)主よ、憐れんでください。 4. 讃美唱 詩編65編2節‐14節 65:2沈黙してあなたに向かい、賛美をささげます。シオンにいます神よ。あなたに満願の献げ物をささげます。 3祈りを聞いてくださる神よ/すべて肉なるものはあなたのもとに来ます。 4罪の数々がわたしを圧倒します。背いたわたしたちを/あなたは贖ってくださいます。 5いかに幸いなことでしょう/あなたに選ばれ、近づけられ/あなたの庭に宿る人は。恵みの溢れるあなたの家、聖なる神殿によって/わたしたちが満ち足りますように。 6わたしたちの救いの神よ/あなたの恐るべき御業が/わたしたちへのふさわしい答えでありますように。遠い海、地の果てに至るまで/すべてのものがあなたに依り頼みます。 7御力をもって山々を固く据え/雄々しさを身に帯びておられる方。 8大海のどよめき、波のどよめき/諸国の民の騒ぎを鎮める方。 9お与えになる多くのしるしを見て/地の果てに住む民は畏れ敬い/朝と夕べの出で立つところには/喜びの歌が響きます。 10あなたは地に臨んで水を与え/豊かさを加えられます。神の水路は水をたたえ、地は穀物を備えます。あなたがそのように地を備え 11畝を潤し、土をならし/豊かな雨を注いで柔らかにし/芽生えたものを祝福してくださるからです。 12あなたは豊作の年を冠として地に授けられます。あなたの過ぎ行かれる跡には油が滴っています。 13荒れ野の原にも滴り/どの丘も喜びを帯とし 14牧場は羊の群れに装われ/谷は麦に覆われています。ものみな歌い、喜びの叫びをあげています。 司式)父、み子、聖霊の神にみ栄えあれ、 会衆)初めも今ものちも、世々に絶えず。アーメン 5. 主日の祈り 全員)全(ぜん)能(のう)の神(かみ)様(さま)。私(わたし)たちに御(み)言(こと)葉(ば)の種(たね)を植(う)えてくださり感(かん)謝(しゃ)いたします。聖(せい)霊(れい)の助(たす)けによって、喜(よろこ)びをもって御(み)言(こと)葉(ば)を受(う)け入(い)れ、御(み)言(こと)葉(ば)に従(したが)って生(い)き、信(しん)仰(こう)と希(き)望(ぼう)と愛(あい)において成(せい)長(ちょう)することができるようにしてください。救(すく)い主(ぬし)、主(しゅ)イエス・キリストによって祈(いの)ります。アーメン 6. 聖書朗読 第一日課 イザヤ書 55章10節‐13節 (旧)1153頁 55:10雨も雪も、ひとたび天から降れば/むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ/種蒔く人には種を与え/食べる人には糧を与える。 11そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も/むなしくは、わたしのもとに戻らない。それはわたしの望むことを成し遂げ/わたしが与えた使命を必ず果たす。 12あなたたちは喜び祝いながら出で立ち/平和のうちに導かれて行く。山と丘はあなたたちを迎え/歓声をあげて喜び歌い/野の木々も、手をたたく。 13茨に代わって糸杉が/おどろに代わってミルトスが生える。これは、主に対する記念となり、しるしとなる。それはとこしえに消し去られることがない。 第二日課 ローマの信徒への手紙 8章1節‐11節 (新)283頁 霊による命 8:1従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません。2キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。3肉の弱さのために律法がなしえなかったことを、神はしてくださったのです。つまり、罪を取り除くために御子を罪深い肉と同じ姿でこの世に送り、その肉において罪を罪として処断されたのです。4それは、肉ではなく霊に従って歩むわたしたちの内に、律法の要求が満たされるためでした。5肉に従って歩む者は、肉に属することを考え、霊に従って歩む者は、霊に属することを考えます。6肉の思いは死であり、霊の思いは命と平和であります。7なぜなら、肉の思いに従う者は、神に敵対しており、神の律法に従っていないからです。従いえないのです。8肉の支配下にある者は、神に喜ばれるはずがありません。9神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。10キリストがあなたがたの内におられるならば、体は罪によって死んでいても、“霊”は義によって命となっています。11もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。 福音書 マタイによる福音書 13章1節‐9節&18節‐23節 (新)24頁 「種を蒔く人」のため 13:1その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。2すると、大勢の群衆がそばに集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を下ろされた。群衆は皆岸辺に立っていた。3イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。4蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。5ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。6しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。7ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。8ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。9耳のある者は聞きなさい。」 「種を蒔く人」のたとえの説明 18「だから、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。19だれでも御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。道端に蒔かれたものとは、こういう人である。20石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで受け入れるが、21自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉のために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人である。22茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である。23良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」 7. 説教 「御ことばのために生きる」 竹田 大地牧師 私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。 私たちに神は、そしてキリストは常に御ことばを語り掛け、私たち一人ひとりが救いに導かれるように臨んで下さっています。この神の出来事をキリストは、種蒔きのたとえを通して表し、その御ことばの豊かさについてお示しくださったのが今日の福音です。 さて、この豊かな恵みを受ける人と受けることができない人の大きな違いは「悟る」ことと「悟らない」ことであるとキリストは語られています。しかしながら、私たちは残念ながら神の御ことばを真に悟ることはできないでいます。 「肉の弱さのために律法がなしえなかった」「肉の思いに従う者は、神に敵対しており、神の律法に従っていないからです。従いえない」とパウロが語っているように、本質的に私たちは神の律法、すなわち義しさを人間自身の力や知恵では成し遂げることができないですし、従おうと思ったとしても従えない。そういう力が私たちの内に働いているのです。 私たちは本質的に罪人です。この事実は変わりありません。よく私たちは律法という言葉を聞きますが、これは神が人間に与えた掟でした。ですから、これは神から与えられているもの、言葉なのですから、善いものでしかありません。しかし律法の用法について私たち人間が間違ってしまっていたのです。 神が示された律法は、私たちが神の御前において義しいことを証明するための道具ではありません。むしろその逆なのです。律法によって、私たちは神の御前において罪人でしかないことを暴露し、その報酬が死でしかないことを知らせることにあります。そして、罪人でしかないという現実の中で神こそが私の罪を贖い、救い出してくださる方であることを悟るのです。 今日の讃美唱で交読した詩編65編の中に「4罪の数々がわたしを圧倒します。背いたわたしたちを/あなたは贖ってくださいます。」という詩編作者の証しに示されている通りです。私たちは、律法に照らされるならば、その罪の多さに圧倒されるばかりでしかないのです。 そのような私たちであるにもかかわらず、神は御ことばを蒔き続けてくださっているのです。そして、この言葉こそが、私たちを真に贖い、救い出す大切な出来事であると聖書は語ります。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。」とヨハネ福音書に記されているように御ことばは、神そのものであり、その御ことばが私たちの心のうちにいつも蒔かれているのです。 すなわち、それは私たちがいつも神と共に生かされている存在であることを意味します。そして、私たちは本来であれば神に敵対し、罪と死の法則に縛られ、それから逃れるすべもない者でしかないにもかかわらず、神の言が私たちの中で生きて働き、私たちが圧倒され、侵略され、攻め続けられ、死に至らしめる罪の力から救い出してくださるのです。 私たちは、心鈍く、悟ることの適わない存在です。しかしながら、神は、種を蒔くだけでなく、そのような頑なな心の持ち主であり、いわば固く、荒れた土地である私たちの心を耕してくださるのです。 それは、イザヤ書に「10あなたは地に臨んで水を与え/豊かさを加えられます。神の水路は水をたたえ、地は穀物を備えます。あなたがそのように地を備え11畝を潤し、土をならし/豊かな雨を注いで柔らかにし/芽生えたものを祝福してくださる」と預言されている通りです。 この神が労し、水を与え、畝を潤し、土をならし、雨を注ぎ、芽を萌出してくださった証しであり、しるしがキリストの十字架です。キリストは、私たちが罪と死の法則から解放されるために、自らの命を献げ、私たちをその法則から贖いだし、命と平和の内に生かしてくださったのです。頑なな心を神ご自身の言によって柔らかくし、耕し、豊かな実りをもたらす土地としてくださっているのです。 ですから、私たちに襲い掛かる悪があり、艱難があり、迫害があり、思い煩い、富の誘惑があって尚、神に信頼し、キリストの十字架に自分のすべてを委ねていくことによって、それらの誘惑、圧倒する力から贖いだしてくださるのです。この神の出来事によって、私たちは罪人でありながら、義人とされるのです。 そして、その実りを神は喜んでくださいます。私たちが何をしたというわけではありません。神が私たちを贖い、救ってくださったように、すべて神の働きです。神からの一方的な恵みであり、賜物です。この恵みを頑なな心ではなく、心を開いて、喜んで受け取ってまいりましょう。神が私たちにいつも働きかけてくださっています。神が一方的に私を愛し、敬い、大切にし、私のすべてを造り変えてくださる御ことばを日々与えてくださっています。 この神の恵みに感謝する日々といたしましょう。罪人である私が、神ご自身の働きによって、救いに至り、喜びとしてくださる方が共に在る平安を覚えてまいりましょう。そして、今こそこの平安を求めている隣人が多くあることを、様々な出来事を通して知らされています。そのような方々へ与えられた喜びを分かち合ってまいりましょう。 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。 8. 信仰告白 司式)使徒信条によって、信仰の告白を共にしましょう。 全員)天地の造り主、全能の父である神を私は信じます。 そのひとり子、私たちの主イエス・キリストを、私は信じます。主は聖霊によってやどり、おとめマリヤから生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、陰府に下り、三日目に死人のうちから復活し、天に上られました。そして全能の父である神の右に座し、そこから来て、生きている人と死んだ人とをさばかれます。 聖霊を私は信じます。また聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、からだの復活、永遠のいのちを信じます。(アーメン)
9. 献金
10.教会の祈り
11.主の祈り
司式)祈りましょう
全員)天の父よ。
み名があがめられますように。
み国が来ますように。
み心が天で行なわれるように、地上でも行なわれますように。
私たちに今日もこの日の糧をお与えください。
私たちに罪を犯した者を赦しましたから、
私たちの犯した罪をお赦しください。
私たちを誘惑から導き出して、悪からお救いください。
(み国も力も栄光もとこしえにあなたのものだからです。)
(アーメン)
12.祝福
司式)主があなたを祝福し、あなたを守られます。
主がみ顔をもってあなたを照らし、あなたに恵みを与えられます。
主がみ顔をあなたに向け、あなたに平安を賜わります。
父と子と聖霊のみ名によって。
会衆)アーメン、アーメン、アーメン
13. 讃美歌 229番 (1節)
14. 後奏
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