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礼拝式文 聖霊降臨後第8主日
1. 前奏 (神様への思いを向ける準備をいたしましょう)
2. 祝福の挨拶
司式)父と子と聖霊のみ名によって
会衆)アーメン
3. キリエ
司式)主よ、憐れんでください。
会衆)主よ、憐れんでください。
司式)キリストよ、憐れんでください。
会衆)キリストよ、憐れんでください。
司式)主よ、憐れんでください。
会衆)主よ、憐れんでください。
4. 讃美唱 詩編119編129節‐136節
119:129あなたの定めは驚くべきものです。わたしの魂はそれを守ります。
130御言葉が開かれると光が射し出で/無知な者にも理解を与えます。
131わたしは口を大きく開き、渇望しています。あなたの戒めを慕い求めます。
132御顔をわたしに向け、憐れんでください/御名を愛する者への裁きに従って。
133仰せのとおり/わたしの足どりを確かなものにしてください。どのような悪もわたしを支配しませんように。
134虐げる者からわたしを解き放ってください。わたしはあなたの命令を守ります。
135御顔の光をあなたの僕の上に輝かせてください。あなたの掟を教えてください。
136わたしの目は川のように涙を流しています。人々があなたの律法を守らないからです。
司式)父、み子、聖霊の神にみ栄えあれ、
会衆)初めも今ものちも、世々に絶えず。アーメン
5. 主日の祈り
全員)愛する王である神様。あなたは御子の死と復活によって私たちを義と憐れみの御国に導いてくださいます。あなたの霊によって、御子がもたらす、命を大事にする知恵を与えてください。救い主、主イエス・キリストによって祈ります。アーメン
6. 聖書朗読
第一日課 列王記上 3章5節‐12節 (旧)531頁
3:5その夜、主はギブオンでソロモンの夢枕に立ち、「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と言われた。6ソロモンは答えた。「あなたの僕、わたしの父ダビデは忠実に、憐れみ深く正しい心をもって御前を歩んだので、あなたは父に豊かな慈しみをお示しになりました。またあなたはその豊かな慈しみを絶やすことなくお示しになって、今日、その王座につく子を父に与えられました。7わが神、主よ、あなたは父ダビデに代わる王として、この僕をお立てになりました。しかし、わたしは取るに足らない若者で、どのようにふるまうべきかを知りません。8僕はあなたのお選びになった民の中にいますが、その民は多く、数えることも調べることもできないほどです。9どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう。」
10主はソロモンのこの願いをお喜びになった。11神はこう言われた。「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。12見よ、わたしはあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。
第二日課 ローマの信徒への手紙 8章26節‐39節 (新)285頁
8:26同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。27人の心を見抜く方は、“霊”の思いが何であるかを知っておられます。“霊”は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。28神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。29神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。それは、御子が多くの兄弟の中で長子となられるためです。30神はあらかじめ定められた者たちを召し出し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになったのです。
神の愛
31では、これらのことについて何と言ったらよいだろうか。もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。32わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。33だれが神に選ばれた者たちを訴えるでしょう。人を義としてくださるのは神なのです。34だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。35だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。
36「わたしたちは、あなたのために/一日中死にさらされ、/屠られる羊のように見られている」
と書いてあるとおりです。37しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。38わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、39高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。
福音書 マタイによる福音書 13章31節‐33節&44節‐52節 (新)25頁
「からし種」と「パン種」のたとえ
13:31イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、32どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」33また、別のたとえをお話しになった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」
「天の国」のたとえ
44「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。
45また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。46高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。
47また、天の国は次のようにたとえられる。網が湖に投げ降ろされ、いろいろな魚を集める。48網がいっぱいになると、人々は岸に引き上げ、座って、良いものは器に入れ、悪いものは投げ捨てる。49世の終わりにもそうなる。天使たちが来て、正しい人々の中にいる悪い者どもをより分け、50燃え盛る炉の中に投げ込むのである。悪い者どもは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」
天の国のことを学んだ学者
51「あなたがたは、これらのことがみな分かったか。」弟子たちは、「分かりました」と言った。52そこで、イエスは言われた。「だから、天の国のことを学んだ学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものを取り出す一家の主人に似ている。」
7. 説教 「神の国の姿」 竹田 大地牧師
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
本日の福音の日課でもキリストの譬え話が読まれました。二つの譬えが読まれましたが、今日は『「からし種」のたとえ』という表題のついている譬え話から聴いてまいりたいと思います。皆さんはからし種を見たことがあるでしょうか。私自身は、写真でしか見たことがないのですが、非常に小さな種です。
この種を蒔いたのは誰なのでしょうか。譬え話ですから、そのことを考えていくことは大切なことです。イエスは、子どもたちを祝福された時に「あなたがた皆の中で最も小さい者こそ、最も偉い者である。」と語られています。小さき者を受け入れることが、最も偉大な者であると語られているわけですが、まさにキリストは、最も小さい者となられました。
十字架の死がそれを物語っています。イエスは、その時、誰からも見捨てられました。孤独の内に身を置き、死刑に処される罪人とされ、世から捨てられました。まさにその時、イエスはこの世の誰よりも小さくされ、虐げられ、罵られ、痛めつけられ、その命に何の価値もない者とされたのです。
そのようにされた一人の人の命が死ぬことによって、私たちに罪人でありながら義人とされるという何にも代えがたい宝が与えられています。この方が死ななければ私たちは平安や喜び、命を与えられていることの恵みを知ることはなかったでしょう。
一人の死が多くの恵みをもたらすという私たちの知恵に依らない神の御業が働いたのです。また、この恵みは私たちの望んでいたものよりも恵みに富んでいました。神は私たちに対して、私たちの想像も依らない恵みをもたらしてくださる方であることを想い起します。
それは、ソロモンが王位に就こうという時の神との対話に於いても現わされています。ソロモンは、「聞き分ける心をお与えください。」と願いました。そのような願いに対して神は「知恵に満ちた賢明な心を与える。」と語られました。ソロモンの願いは神のみ心を聞き分ける心でしたが、神はそれにも優る「知恵に満ちた賢明な心」をお与えくださったのです。
神の恵みは、私たちの目に映る光景に於いては、取るに足らないものでしかありません。キリストの十字架は、誰の目にも絶望、哀しみ、嘆き、死そのものであり、無価値に思われていることでした。からし種も同様です。小さな、小さな種が「どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木」になるなどとは、誰も想像できません。
しかしながら、私たちはその種が地に落ちて、根を張り、大きく育つ喜びを目の当たりにする者とされるのです。そして、その木には鳥が来て、巣を作り、憩いと平安を与えるのです。では、私たちのからし種から成長した木とは何でしょうか。それは、十字架の他にありません。
最も小さくされ、蔑まれ、傷つけられ、無価値に思える者の死が、私たち一人一人の罪を赦すしるしとなったのです。そして、その無価値と思われていた者の内に神の愛が顕されていました。
それはパウロが「わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。」と証したように、この小さいと思われていたキリストの命の死から復活の約束が示されたように、私たちもまたキリストと同様に神から愛された命とされたのです。
このキリストの十字架によって私たちは罪の赦しと恵みという思いもよらない恵みと宝をいただいたのです。本来であれば、自分自身で償う必要のあった罪です。そして、この償いは償いきれないほどにわたしたち一人一人が抱える罪は多すぎます。私たちは滅びるばかりでした。
取るに足らない者と思われた方の命一つによって、取るに足らない、罪深い私たち一人一人の命が贖われ、赦され、神の愛を受け、深い神の憐みと慰めの内にその命が在ることを心に、そして皆さんの命に神は刻んでくださいました。
あなたの命は、取るに足らないかもしれない、けれどもその小さなあなたの命さえも神は惜しまれ、生きることを願い、望んでくださいました。
このみ心を成就するために神はキリストを世に遣わし、神の子であるにもかかわらず、この私の小さな命よりも更に小さく、みすぼらしく、侮蔑に満たさせました。しかし、この方の十字架の贖いが、すべての者が憩い、安心を得る大きな木となったのです。この木をイエスは天の国であると語られているのですから、それはつまり私たちは天の国に生きる者とされているということです。罪人である私を愛し、天の国に在る者とするためにキリストを世に遣わし、十字架に架けられ、三日目に復活させられました。
この一つひとつの神の御業が私たちの知恵や願い、思いを超えた神の知恵によるものであり、神への信仰によって十字架のもとに生きることの恵みが燦然と輝きだすのです。それは、キリストの十字架が、死のしるしではなく、そのキリストの死の内に神の赦しと永遠の命のしるしが隠されていることを知る喜びに満たすということです。
この小さき種を信じる信仰が与えられている恵みを覚えてまいりましょう。小さくされ、十字架に架けられたキリストのもとにこそ平和が在り、命が在り、喜びと恵みに満ち満ちています。
さて、翻って私たちの世を見つめますと、人は大きなものを求めます。力を求めます。自分の益を求めます。しかし、先ほどからお伝えしている通り、唯一人の神である方が最も小さくされ、自分の益を求めず、徹底的に他者のために生きることに、真の恵みと喜び、平和、愛が在ることを教えてくださっています。
私たちはこの恵みに気づかず四苦八苦して苦しんでいる中で、福音との出会いにより、この命がキリストの命であることを知らされました。キリストの十字架のもとにこそ何にも代えがたい宝が在ることを教えられています。人の知恵を超えた、人の力を超えたこの宝をこれからも信じる信仰を大切にし、天の国に生かされている喜びを覚えて歩んでまいりましょう。そして、大いなるものを求める世に私たちは在りながら、真に最も小さきものの内にこそ、本当に人間を活かす宝が在ることを力強く宣べ伝えてまいりましょう。
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。
8. 信仰告白
司式)使徒信条によって、信仰の告白を共にしましょう。
全員)天地の造り主、全能の父である神を私は信じます。
そのひとり子、私たちの主イエス・キリストを、私は信じます。主は聖霊によってやどり、おとめマリヤから生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、陰府に下り、三日目に死人のうちから復活し、天に上られました。そして全能の父である神の右に座し、そこから来て、生きている人と死んだ人とをさばかれます。
聖霊を私は信じます。また聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、からだの復活、永遠のいのちを信じます。(アーメン)
9. 献金
10. 教会の祈り
11. 主の祈り
司式)祈りましょう
全員)天の父よ。
み名があがめられますように。
み国が来ますように。
み心が天で行なわれるように、地上でも行なわれますように。
私たちに今日もこの日の糧をお与えください。
私たちに罪を犯した者を赦しましたから、
私たちの犯した罪をお赦しください。
私たちを誘惑から導き出して、悪からお救いください。
(み国も力も栄光もとこしえにあなたのものだからです。)
(アーメン)
12. 祝福
司式)主があなたを祝福し、あなたを守られます。
主がみ顔をもってあなたを照らし、あなたに恵みを与えられます。
主がみ顔をあなたに向け、あなたに平安を賜わります。
父と子と聖霊のみ名によって。
会衆)アーメン
13. 讃美歌 90番 (1節)
ここもかみの みくになれば、 あめつち御歌(みうた)を うたいかわし、
岩に樹々(きぎ)に 空に海に、 たえなる御業(みわざ)ぞ あらわれたる。
アーメン
14. 後奏
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